更新日時:2020/05/17
阪神タイガースの3人の選手が、特に他の症状がないにもかかわらず、嗅覚異常と味覚異常を訴え、その後の新型コロナウイルス感染症に対するPCR検査によって陽性と判定されました。嗅覚異常と味覚異常が、発熱、咳、鼻水や鼻づまりなどの鼻症状がない状態での新型コロナウイルス感染症の初期症状として、重要視されています。海外においても、韓国のほか米英独など、30〜70%ぐらいの人が初期に訴える自覚症状として報告されており1)、日本耳鼻咽喉科学会は、本感染症の初期症状としての認識と2週間の経過観察の必要性を提言しています2)。
みなさんも高熱や咳の症状がなくても匂いや、味に異常を感じた場合は新型コロナウイルスに感染していることも疑われますので、早期に「帰国者・接触者相談センター」やかかりつけ医に電話で相談してください。
ここでは歯科に味覚異常で来院される患者さんへの一般的な対応について説明し、新型コロナウイルスが味覚異常を発症させる理由などについて、論文からの情報をお伝えします。少々専門的になりますが、この機会に知識として身につけてください。
歯科で味覚異常を診察する際に、まず念頭に置くのは、味覚を伝えている神経系(鼓索神経や舌咽神経など)の障害です。これらの神経の障害は、抜歯などによる損傷、外傷による損傷、ヘルペスウイルスによる障害、中耳炎などの罹患で起こります。ときには脳腫瘍や脳血管障害(中枢性疾患と呼ばれる)なども考えられます。これらは、神経系の経路(神経回路)で起きている障害のためにそのほとんどが片側です。神経が分布する場所(支配領域)に沿っていることから、その場所に痛みやしびれ、表情筋の麻痺などの症状が必ず伴います。味覚異常は、感冒、花粉症、アレルギー性鼻炎などでも発現しますが、これらは鼻水や鼻づまりなどの鼻の症状を伴います。
痛みやしびれ、表情筋の麻痺などの症状がなく、味覚異常のみを訴える場合、まず考えられるのは亜鉛欠乏です。亜鉛は、細胞分裂(1個の細胞が2個以上の細胞に分れる現象)に関わる多数の酵素活性に関与しています3)。そのため、血液中の亜鉛不足が新陳代謝の著しい味の受容器である味蕾細胞の細胞分裂を低下させます。血液中の亜鉛不足の原因として、栄養のバランス異常のほか、抗がん剤、抗パーキンソン薬、抗アレルギー薬など多種多様の常用薬があります。患者さんが味覚低下ではなく異様な味を感じると訴える場合は、口腔カンジダ症、貧血、シェーグレン症候群なども考えられますので、舌の性状や色調、口腔の乾燥の度合いなどの診察を必ず行います。また、糖尿病や腎不全の影響、放射線治療後、うつなどの精神心理学的影響などによる味覚への影響もあります。これらの症状はじわじわと出現します。つまり、口腔に原因があるわけではなく全身の一症状が口腔に出ているのです。しかし、突然、他に考えられることがなくて著しい味覚障害が出現した場合、特発性疾患(原因不明で発生する疾患で、医学の進歩により原因が解明されると特発性疾患から除かれる)として扱われます。新型コロナウイルス感染症の症状として味覚障害が報告されました。この時期ですので、新型コロナウイルス感染症も疑われます。
本来、さまざまなウイルスは、人間の何かの細胞に寄生して増殖します。
専門的になりますが、新型コロナウイルスの場合、ACE2受容体を持つ細胞に感染することが報告されています4)。新型コロナウイルスが、II型肺胞上皮に存在するACE2受容体に結合し、感染、増殖することで生命をも脅かすウイルス性肺炎を発症すると推測されています5)。そのACE2受容体は、体内のあらゆる箇所に存在しますが、口腔内粘膜にも多く存在すると報告されています6)。味覚障害は、舌の上に多く分布する味蕾細胞が新型コロナウイルスの感染によって破壊されて起こるものと思われます。体内への入り口である口腔は、鼻腔とともに咽頭や気道より先んじて感染するのだと推測されます。特に暴露が少ない場合、または極めて初期の場合、鼻腔や口腔だけが感染している可能性も十分に考えられます。すなわち、発熱や咳や呼吸困難がなく、味覚障害だけが出現しているのは、暴露が少ない場合や極めて初期の場合で鼻腔や口腔だけが感染している症例と推察されます。この段階でも他人に感染させる可能性があることは疑いようがありません。本人も、感染が時間とともに咽頭・喉頭そして肺に広がる可能性が当然ありえます。味覚障害は新型コロナウイルス感染の自覚症状の重要なひとつのシグナルだと認識してください。
2020年4月1日 加筆・更新
(一社)日本歯科医学会連合
新型コロナウイルス感染症対策チーム